運を天に任すなんて 素描・中山素平 城山三郎著を読む

投稿者: | 2009年7月5日

ずーっと実家の本棚に眠らせてあった本、城山三郎の運を天に任すなんて 素描・中山素平を読んでみた。

中山素平さんは、一橋の前身の東京商科大学を経て興銀へ。興銀の頭取となり、頭取を退任した後も、”財界の鞍馬天狗”と形容されるほど活躍した大物経済人である。

一昔前の有名人だけに、名前は聞いたことがあったのだが、詳細はほとんど知らなかったので、戦後の興銀の立ち位置や役割、日本の状況なども含め勉強になった。

他の城山本同様、本書の特色は卑しくない、成功した企業人であるだけではなく、人間的にも立派な人の生きざまが書いてあることだ。

中山素平の場合、それは次の2つをキーに書かれている。

一つは、「流れのままに」と言うキーワード。
中山が財界の重要ポストを次々に「流れのままに」引き受ける、という文脈で使われているのだが、これについては、城山は巻末で注釈的に、私心無く、自己中心的でなく、という意味であるとしている。

自分のことではなく、世の中のことを考えて仕事をする、
中山を意識しての補足のようだ。

二つ目は、本書の題名でもある、「運を天に任すなんて」という言葉。これは、ただただ運のままにならないということ、人知でできることはやり尽くす、ということのようだ。

これに関連して、中山自身の口からも、”しつこさ”ということが語られていて、本書のそこかしこに出てくる。

全体的に読みとれたのは、やはり中山が非常に偉い人でありながら、権威張っていなかったこと、卑しくなかったこと、戦争などもあり、激烈な経験をしたこと、仕事に全力であたり、手を抜くことが無かったこと、人を非常に大切にしていたこと、そして最後まで世の中を意識して仕事に当たっていたこと。そんなことだ。何はともあれ、”運を天に任すなんて”という言葉がずしんと私の心には響いた。

自分でどうしようもないことはもちろんあるが、自分でできることを最大限やること、その大切さについて改めて考えさせられた。

あと、付け加えれば、卑しさとか私心とかいうこと。これの意味することは今後生きる上でよく考えないといけないなー。自戒をこめて。

城山文学はテーマは基本的には一貫しているんだけど、いろんな経済人の生き方を学ぶ中で、徐々に分かってくる性質のものかもしれないなーと思った。

 

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